2019年3月15日 (金)

移籍

手塩に掛けて育てたS(中学一年生の女の子)と我が娘のように接してきたM(小学二年生)が、他のスクールに移籍することになった。 ダブルパンチ。 辛い…。 タウンテニスは練馬区のテニススクールの底辺を支えているので(まわりは大手テニススクールだらけだ)、移籍には慣れているけれど、マグニチュード(心の痛みの)がでかすぎて、感情がない。 この歳(もうすぐ四八才)になって、心が痛すぎると、痛みを感じなくなることを知った…。 でも悲しんでばかりはいられない。 僕の目の前にいる生徒をしっかり育てないといけない。 考え方を変えてみる。 彼女達が悩んだ挙げ句、自分の頭で考えて決断したのだから、その勇気と決意に、僕は心より言祝(ことほ)ぐべきではないのか?と。 彼女達の成長と自立心にエールを送りたい(辛いけど)。 他のスクールの水が合わなかったら、すぐに戻っておいで…。 今までに僕は、何人の子供達を他のテニススクールに献上したのだろうか?

才能

本当の「才能」を見出し、伸ばしていくには、どうしたらいいか? 名越康文先生は、「才能」の芽を育てる上で、ひとつの原則があるという。 それは「集中」だ。 スポーツでも勉強でも、対象に対して、全身全霊で集中している間に、その人の「才能」は育まれ、開花していく。 僕たちは何かに集中している時、まわりからの評価を気にせず、自分の内側にある、自分だけの尺度で物事に取り組んでいる。 指導者は、何かに集中し、没頭している人間の邪魔をしてはいけない…。 名越先生に感謝!

才能

当の「才能」を見出し、伸ばしていくには、どうしたらいいか? 名越康文先生は、「才能」の芽を育てる上で、ひとつの原則があるという。 それは「集中」だ。 スポーツでも勉強でも、対象に対して、全身全霊で集中している間に、その人の「才能」は育まれ、開花していく。 僕たちは何かに集中している時、まわりからの評価を気にせず、自分の内側にある、自分だけの尺度で物事に取り組んでいる。 指導者は、何かに集中し、没頭している人間の邪魔をしてはいけない…。 名越先生に感謝!

2019年3月 9日 (土)

カラダの一部

僕は子供達によく言う。 「カラダで考えろ!」と。 僕は子供達によく言う。 「カラダの声を聞きなさい!」と。 子供達は分かったような、分からないような顔をしているが、しばらくすると勘がいい子は、カラダで考えて、カラダの声を聞いてプレーするようになる。 そうするとアタマで考えてからプレーする子と差がでてくる。 アタマで考えてプレーする子よりも、カラダで考えてプレーする子の方が速いから(色々な意味で)。 僕は物事を「腸」で考える(僕のアタマは悪いので、あまり使わないようにしている)。 僕の「腸」は高性能で、とても優秀だ。 絶好腸! もとい。 絶好調! 「腸」も「脳」もカラダの一部であることは、言うまでもないのだけど…。

花粉症

今日は二月二二日の金曜日。 二、三日前から花粉がかなり飛びはじめたので、近所の整形外科に注射を打ちに行く。 診察室に入ると、「嫌な季節になりましたねー」と先生は優しい。 お尻にチクッと一発。 薬を注入してもらうと、あーら不思議。 帰り道には、もう症状が治まっている。 恐るべしステロイド(副作用が怖いが)。 一三九〇円で一ヶ月は快適に過ごせる(僕は一シーズンに二回)。 マスクをして、薬を飲む程度で我慢している人を見ると、「立派だなー」と思う。 僕は完全なノーガードで諦めている。 おおむね外にいるから。 五〇才で死ぬと豪語している人間が、副作用に怯えているとしたら可笑しな話だし…。 僕の好きな石原結實先生(←医学博士)の為になる話。 『副作用のない薬は存在しない。副作用のない薬は効かない。したがって、薬を服用するのは、副作用があっても主作用のメリットのほうが大きいときのみに限られる。薬とは、本当に必要な場合、短期間、スパッと使う。そのときのみ、本当に効果のある薬になる。』 合掌。

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