2019年7月 1日 (月)

鏡(かがみ)

たまに「鏡」の前でラケットを持って、自分の姿を「鏡」に映してフォームチェックをする。 普段、自分がどんな打ち方をしているか気になるから。 自分の姿が「鏡」に映るから、目で見て分かり易い。 でも少ししたら、「いかん、いかん。この辺にしておこう…」と自分を戒めて、パッと止める。 テニスコートの上に「鏡」は無いから…。 悪い癖になって、「鏡」が無いと素振りができなくなるとマズい。 馴れが怖い。 頭でっかちになって、身体から発する声が聞こえなくなってしまう。 何べんも言うが、テニスコートの上に「鏡」は無い。

2019年6月24日 (月)

Fw:memento mori(メメントモリ)-死を想え-

呼吸をして、息をしているうちは、つまり生きている間は、いい人生を歩んでいたいと願っている。 若い頃は自分のためにしか生きていなかったけれど、年を取れば取るほど、僕の人生は「世のため、人のため」になっていく。 個人的には、いい仕事をして、音楽を聴いて、お酒を呑んでいれば何の問題もない。 欲を言えば、隣に美女がいると申し分ないのだけれど…。 人生には、好い事も悪い事もあるけれど、そんなに一喜一憂しなくなった(鈍感になった訳ではない)。 どんなに辛い事があっても、僕には目を閉じるとNHKホールの大橋トリオがいる。 目の前にいる。 いいテニスを…。 いい音楽を…。 いい人生を…。 昭和46年3月2日に生まれて、48年が過ぎた。 最期の50才まで、あと一年半と少し。 病と共に今を生きる。 僕は幸せだ。 「令和」になった。 「昭和」、「平成」、「令和」。 次の年号になるまで、僕が生きていたとしたら、心より謝りたい。 「令和を彩る色男」。 「改心トミー」。

あざみ

庭園職人になって、植木を相手にバリバリと対峙するつもりだったけれど、雑草を相手にチマチマと格闘している。 手強い(かなり、てこずっている…)。 雑草の中に強くて、怖くて、孤高で、凛としている草が一本だけあった。 勇敢だ(かなり、大きい)。 「あざみ」と呼ぶらしい。 ベランダのジュリエットのMさんに教えてもらった。 「あざみ」を辞書で調べると、「キク科アザミ属の植物の総称」とある。 名前は可愛いが、棘(とげ)が凄い。 ほんとに。 「あざみ」を巧くゴミ袋に納めたけれど、ゴミ袋の中から僕を襲ってくる。 トゲ、トゲ、トゲ、トゲ、トゲ。 「ばら」の棘も痛いけれど、そんなレベルじゃない。 ほんとに痛い。 美しいものには、棘がある…。 ちなみに「あざみ」の花言葉は、「独立」、「厳格」、「復讐」など。

2019年6月 3日 (月)

改心トミー

「改心トミー」になって、数日が過ぎた。 「快信整骨院」で週に一回、「ゴッドハンド」の持ち主の述先生に身体を整えてもらっている。 かれこれ十四回の受診…。 とうとう述先生から御墨付きをもらった。 僕の身体の状態は、最高に仕上がっているという。 前に書いたが、実際に僕の身体の姿勢は良くなり、力が抜けて肩の位置が下がり、歯の噛み合わせが良くなり、鼻の通りが良くなり、肺活量が増えて、自ずと声が大きくなった。 もうすぐ僕の病(←イップス)も完治しそうな気がする。 気がするだけでも凄いことだけど、できなくなった動作がかなりできるように回復した。 生まれ変わった「改心トミー」の身体は、大柄な述先生に上から力一杯押さえつけられてもびくともしない。 骨MAXだ! 痛感しているのは、姿勢が良くなったせいで、背が伸びたこと(あるいは、元に戻ったこと)。 目の位置が高くなって、見える世界が全く違って見えるようになった。 最高に気分がいい。 世界を見下ろしているのだから(僕より背が高い人はあまりいない)。 上目線の「改心トミー」。

2019年5月22日 (水)

アーメン

二人のコーチングスタッフのアクシデント(「入院←盲腸」と「身内の不幸」)が重なって、僕のところに緊急出動要請がかかる。 引き受けたからには、しっかりと仕事をこなそうと、手出しの「球出練」でボールを出していた(心を込めて、気持ちを入れて)。 そしたら、偶偶(たまたま)球(たま)が玉(たま)に当たった…。 南無妙法蓮華経。南無阿弥陀仏。 チンッ…。

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